西オーストラリア パースからこんにちは!
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洪水、台風、山火事、地震そして混乱
オーストラリア東部の洪水とサイクロン
昨年後半にクイーンズランド北部で大雨による洪水が起き、かなりの被害が出たのでオーストラリア人アーティストが集まり、募金を呼びかけるコンサートを実施したばかりだったのに、1月には更に酷い洪水が州都ブリスベン周辺を襲った。
「内陸の津波」と表現された郊外の映像はとてもショッキングで、水没するブリスベン周辺の光景も悲惨だった。

連日、アナ・ブライ州首相が記者会見で被害状況や注意事項を的確に説明し、「私達はクイーンズランダーであることに誇りを持って、この困難な状況に皆で力を合わせて立ち向かい、必ず乗り切ることができると信じています。」と感極まり、涙ながらに語る姿に泣かされた。

被害状況もすごかったが、水が引き始めてすぐに地元の人々だけでなく、全国から集まったボランティアの人達が必死に復興作業に当たっているシーンも感動的で、パースでもあちこちで募金や募金関連のイベントが行われていた。

休む間もなく、今度はサイクロン(台風)・ヤシが州北部を襲い、クイーンズランドに連続して大きな被害がでてしまった。

一連の災害でメディアにたびたび登場したジュリア・ギラード首相、前述のアナ・ブライ クイーンズランド州首相、クリスティーナ・ケネリー ニュー・サウス・ウェールズ州首相、ヴァル・シアー ケアンズ市長ら女性リーダー達は皆被災者の気持ちを察しているように見え、冷静でとても頼もしかった。

その後大雨でヴィクトリア州の郊外でも洪水が起こり、オーストラリア東部で立て続けに起こる自然災害の恐ろしさとは対照的に、西オーストラリアでは北部のサイクロンによる被害を除き、沢山の被災者には申し訳ないほど、いつも通り快適な生活が続いていたのだが・・・

パース郊外のブッシュファイヤー
クイーンズランドに上陸したサイクロン(台風)・ヤシはその後熱帯低気圧になり、2月5日・6日と、その影響でパースで生ぬるい内陸からの強い風が吹き続け、乾燥した気候と重なり、何とパース南郊外の72軒の家が全焼し、32軒が被害に合う大規模なブッシュファイヤーとなってしまった。

あっという間に燃え広がったことで、ほとんどの人達は着の身着のまま逃げ出し、幸い死者はなかったが、周辺一体の沢山の人達が避難所で数日を過ごし、ペットを連れてくることができなかったとか、亡くなったご主人の写真1枚さえも持ってこれなかったと泣き崩れる老婦人の姿を見て、また泣かされた。

コリン・バーネット州首相はすぐに自然災害地域と宣言し、全焼した場合の$3,000、被害があった場合の$1,000支給を決定した。

数日後、休み中の56歳の警察官が工具のアングル・グラインダー(研削盤)を使った際に生じた火花が出火原因だったことが判明した。
勿論故意ではなく、事故だったようだが、警察官はその地域のフットボールクラブの昔からのメンバーで、善良なコミュニティーの一員ということで、今回の被害の責任を感じ相当に憔悴しているとの報道があった。

全てを失い絶望し、本来は怒りの矛先を向けたい被害者の気持ちはかなり複雑なようで、ニュースのインタビューを見る限り、ほとんどが彼に同情し、州首相でさえ彼の落ち込みや精神状態を心配していた。被害の大きさからもとても恐ろしく悲しいブッシュファイヤーだったが、被害者のやさしく寛大な気持ちには驚かされた。

クライストチャーチの地震
私は個人的にオーストラリアでは1度も地震を経験したことがないが、90年代前半にニュージーランドに5年ほどいた頃に何回か北島で揺れを経験したことがある。
日本と同じように南北に長い島国で、火山や温泉、湖があり、その美しさは世界的に有名だが・・・今回の大地震は本当に恐ろしく衝撃的だった。

オーストラリアにとってニュージーランドは兄弟のような隣国なので、すぐに沢山の部隊を派遣したり、政府が緊急援助(A$5million)を決定し、連日の報道やメディアの扱いも他人事ではなく、自分達の兄弟や仲間という意識に近いだけに余計に感情的になり、泣かされてしまう。
私自身も過去に5年暮らし、今も義姉や姪がいることもあり、3番目の故郷のようなイメージもあり、とても人事では済まされない。

昨年チリの探鉱で奇跡的に救出された人達とは対照的に、11月にニュージーランド南島の探鉱では全員が犠牲になってしまった爆発事故といい、あまりに悲しすぎる。

ここ一連のオーストラリアの自然災害も含めて、まるで地球が怒っているかのように莫大な被害が出て、沢山の人達が犠牲になり、苦しみ、悲しみや絶望感に覆われてしまう。
けれどもボランティアをはじめ困難な状況に陥っている人達を暖かく支えている人達がいることは素晴らしい。

北アフリカ、中東の混乱
地球温暖化による環境破壊や自然災害が日常茶飯事になりつつあること自体、とても恐ろしい現実だが、中東や北アフリカのイスラム教国家で起こっている長期独裁政権に対する反政府勢力との争いでも信じられないぐらい多くの犠牲者が出ている。

オーストラリアにはこれまでも戦争や内戦等で自分達の国から逃れてきた難民やその家族が沢山暮らしている。
イスラム教に限らず多くの宗教が存在し、当然のように信仰の自由や人権が守られ、しっかりした社会保障の中で、それぞれの家族が安心して生活できる仕組みができているが、現在北アフリカや中東で起こっている民主化の波に伴う流血や混乱に対してとても敏感になり憂慮してしまう。

今回の一連の自然災害とイスラム圏の混乱は全く状況は異なるが、沢山の犠牲者・被害者がでてしまっていることに胸が痛む最近だ。
by sunsetdreams | 2011-02-27 22:52
夢のようなオーストラリアとの決勝と劇的なアジア・カップ優勝
グループリーグで苦しい戦いが続いた日本代表が準決勝で韓国をPK戦で破り、もしオーストラリアも準決勝に勝てば、いよいよ決勝でオーストラリアと当たるという夢のような展開になってきた。

信じられないことにウズベキスタンとの準決勝について試合前も試合後(6-0でオーストラリアの大勝)も民放のニュースでの報道はなかった。

4年前も今回もアジア・カップは有料放送ということと、サッカー自体が1番人気のスポーツではないこと、アジア・カップの知名度がとても低いこと等いくつかの理由で、残念ながらオーストラリアではサッカーファンを除き自国の代表チームが史上最高のタイトルを賭けて日本と決勝で戦うことにそれほど大きな関心が集まってなかったようだ。

そもそも独占企業と言ってももよいぐらいの有料放送Foxtelはオーストラリア出身の世界的なメディア王、ルパート・マードック氏のニューズ・コーポレーションと最大手の電信会社テルストラのジョイントベンチャーだが、2010年度の普及率は実に34%だそうで、興味深いことに、4年前のアジア大会の準々決勝日本対オーストラリア戦(2-2で日本がPK戦の末勝利)がオーストラリアの有料放送最高の視聴者(41万9千人)を記録したらしい。

ほとんどの人気スポーツをカバーし、国内のプロサッカーのAリーグやサッカーの代表チームの全試合も中継されるのだが、ワールドカップを除き代表チームの試合を一般の無料放送で見られないということは、子供達をはじめ皆が普通にサッカーを見るチャンスを奪い取られていることなので、個人的にとても残念でならない。

一般放送がないだけにあちこちのパブのスポーツバー、カジノ、そしてノースブリッジにできたパブリックヴューイング用の巨大スクリーンに人々が集まり、結構盛り上がる。
試合はご存知のとおり、延長後半の素晴らしいボレーで日本が4回目のアジア・チャンピオンに輝く、劇的な幕切れだった。

オーストラリアにとっては結構チャンスもあっただけに残念な結果になったが、さすがに決勝の報道は民放でもやっていた。
2試合で退場者を出したり、不可解な判定に悩まされたり、怪我で数人が離脱したり、遠い中東のアウェイでの厳しい連戦をイタリア人のザッケローニ監督を中心に全員で戦い抜いた姿はとても感動的だった。
by sunsetdreams | 2011-02-03 22:44
バッセルトンでのキャンプとサイクロン・ビアンカ
1月後半にパースの南西約220kmにあるバッセルトンへ今回のスクールホリデーで3回目のキャンプに行ってきた。今回は我が家も含めて4家族一緒だったので、子供達も朝から晩まで大はしゃぎで、すごく賑やかだった。

初日の晩に大人も盛り上がり、夜更かしした後にそれぞれのテントで眠りについたが、真夜中に降った雨の音で何回か目を覚まし、翌朝友人家族の新品のテントに雨漏りしていたことを知り、皆ショックを受けた。

2日目もマーガレットリバーのワイナリーに行ったり、忙しく遊びながらも、迫り来るビアンカと名づけられたサイクロン(台風)の気配を感じざるを得なかった。
どういうわけか我々が滞在するバッセルトンを翌日には直撃するかもしれないとの報道があり、キャラバンパークにいる人達の大半は避難を兼ねて出発するという話が伝わってきた。
我々もその晩は大人しく寝て、早朝に可能な限り早くテントをたたみ、いつでも出発できるようにしようということになった。

その晩は雷が鳴り続け、毎回「遂に来たか!」と緊張し、雨漏りどころかテントごと吹っ飛ばされてしまうのではないかという恐怖感が募り、真夜中にトイレを兼ねて、外にチェックに行ったり、2日続けてかなりの寝不足になった。

幸い雨や風はそれほど酷くなく、早朝にまだ雨で濡れているテントやガゼボを必死でたたみ、出発できる状態にした。
どうやらバッセルトンへの上陸は遅れているらしく、片づけが終ったら空が明るくなってきたので、結局プールで遊んだり昼までゆっくりして、子供向けのアイスクリーム屋さん兼ファームに寄ったりして、午後にパースに向けて出発した。

パースまであと80-90kmという地点で前方の180度が真っ暗な雲に覆われていて、こちらに向かっている。しばらくは前が見えないぐらいの激しい雨と風に向かって運転することになったが、何とか耐えて無事にサンダーストームを切り抜けてパースに戻ることができた。

結局ビアンカはその後勢力が衰え熱帯低気圧になったが、真夜中の雷と運転中に正面から遭遇したサンダーストームは本当に怖かった。
by sunsetdreams | 2011-02-01 23:03